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2008.05.29(Thu)






2008.04.20(Sun)


きょうのごはんはタイ料理きょうのごはんはタイ料理
(2002/07)
氏家 アマラー昭子

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ああ、ヤムウンセンたべたい




2008.03.21(Fri)


堀井和子おいしいテーブル (LEEクッキング)堀井和子おいしいテーブル (LEEクッキング)
(1996/10)
堀井 和子

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料理本が好きになったのはこの本からかもしれない。

中学生の時、堀井和子さんの本を片手に
はじめて友達と2人でランチを作った記憶。

ママの好きなジグソーパズルの浮世絵やこけしにタペストリーが混在する
建て売りの一戸建て、昭和の庶民代表のような我が家に比べ、
マンションの彼女の家の玄関にはいつも
「シャネルNo.19」の香水が飾ってあった。
今でも、その玄関が脳裏に焼き付いている。

メニューはいまでも鮮明に覚えている。
「あさりの酒蒸し」と
「たこ飯」
だったと思う。
今思えば、ずいぶんに背伸びな大人っぽいメニューだ。

あの頃、彼女は「CUTIE」、わたしは「Olive」
同じ場所に住んでいながら、
彼女は全く違う世界の住人で
どうがんばっても私はその世界には行けないことを
中学の時、身にしみて感じていた。

それから15年
いまでも、この本は手元にあって
そのメニューも全く色あせない。
ファッションも、流行もめまぐるしく変わるのに
そのセンスは色あせることがない。
ブレがない。
わたしはブレまくって流されつづけて
またここに泳ぎ付く。






2007.10.10(Wed)


あきらかに、空気の匂いが変わった。
それは甘くて、透明感に満ちている。

どこかから流れてくるのではなく、
牛乳にイチゴシロップを少し混ぜたように
空気全体にまんべんなく行き渡っている。
甘いのだ。

鼻の神経を集中して
匂いの主を捜そうとするが見つからない。

あの歩道の紫の花だろうか?
それとも、あの向こう側の花?
と景色の中を無意識に探す。

金木犀だろうか。

春のように甘ったるくない。
花粉でくしゃみもでない。

大事なひとが側にいてくれる秋は
結構すきだ。




2007.09.28(Fri)


not six not six
長島 有里枝 (2004/12)
スイッチパブリッシング
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もう、家に帰ろう もう、家に帰ろう
藤代 冥砂、田辺 あゆみ 他 (2004/04)
ロッキングオン
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20代は、写真集なら圧倒的に私写真のものが好きだった。
自分でも、実際に当時の恋人を撮りためて写真集をつくり、
写真の公募に出したりしていた(若いねえ.........)
私写真が芸術であるのか否かの論争はつきないが、
つくりものではない生々しい感情が心をうつ。

映画も、小説も、漫画も、写真集も、
フィクションも、ノンフィクションでも、
読んでいる間は、読者は誰かの人生を生きている。

急に訪れた、ピンク色の夕焼け、
南の島の午後、
気分がのらない日、
地味に平凡に消えていった今日、
あの時、一緒に食べたもの、
あの時、はまっていた音楽、
あの時、好きだった靴。

私写真の中で、誰かの日常をのぞきみる、
追体験するような感覚がやっぱり好きだ。

長島 有里枝の"not six"は本屋さんで立ち読みして
フリーズしてしまった。
なぜなら、この本のモデルである、長島さんの旦那さんが
昔、同じように私写真を撮っていたわたしの昔の恋人にそっくりだったからだ。
そっくりすぎて、涙がでた。
わたしがなし得なかった、恋人との未来がそこには映っているようだった。
個人的な感情ヌキにして良い写真集かはわからないが、
わたしにとっては大事な一冊。

藤代 冥砂の「"もう、家に帰ろう"」は、前者がドキュメンタリータッチなのに対し、被写体がモデルさんということもあり、ロードムービーのような気持ちよさがある。
処女作?の「ライド・ライド・ライド」を見たとき、その後、この写真家がこんな人生を送るとは思いも付かなかった。
写真家が私写真を定期的に出してくれることで、わたしたちは同じ時代で、それぞれの時間の流れを感じることができる。
今後、ずっと写真を撮りづけて欲しい写真家2人である。





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