20代は、写真集なら圧倒的に私写真のものが好きだった。
自分でも、実際に当時の恋人を撮りためて写真集をつくり、
写真の公募に出したりしていた(若いねえ.........)
私写真が芸術であるのか否かの論争はつきないが、
つくりものではない生々しい感情が心をうつ。
映画も、小説も、漫画も、写真集も、
フィクションも、ノンフィクションでも、
読んでいる間は、読者は誰かの人生を生きている。
急に訪れた、ピンク色の夕焼け、
南の島の午後、
気分がのらない日、
地味に平凡に消えていった今日、
あの時、一緒に食べたもの、
あの時、はまっていた音楽、
あの時、好きだった靴。
私写真の中で、誰かの日常をのぞきみる、
追体験するような感覚がやっぱり好きだ。
長島 有里枝の"not six"は本屋さんで立ち読みして
フリーズしてしまった。
なぜなら、この本のモデルである、長島さんの旦那さんが
昔、同じように私写真を撮っていたわたしの昔の恋人にそっくりだったからだ。
そっくりすぎて、涙がでた。
わたしがなし得なかった、恋人との未来がそこには映っているようだった。
個人的な感情ヌキにして良い写真集かはわからないが、
わたしにとっては大事な一冊。
藤代 冥砂の「"もう、家に帰ろう"」は、前者がドキュメンタリータッチなのに対し、被写体がモデルさんということもあり、ロードムービーのような気持ちよさがある。
処女作?の「ライド・ライド・ライド」を見たとき、その後、この写真家がこんな人生を送るとは思いも付かなかった。
写真家が私写真を定期的に出してくれることで、わたしたちは同じ時代で、それぞれの時間の流れを感じることができる。
今後、ずっと写真を撮りづけて欲しい写真家2人である。